![]() 中尊寺散策開始前にぱちり。 (岩手県磐井郡平泉町) 金色堂の麓に着いたときの一枚・・・。此処からは歩いて上がっていきます。 散策の最後に見た、月見坂の下にある第4駐車場ってのはわりと大規模で、お土産屋やお食事処が立ち並び観光地的だったけれど、 こちら側にはなんにもなく駐車場も比較的ふつう。こんな長閑な風景が広がっていました。 【中尊寺ハス】の咲く池もあり、興味津々♪ ![]() その中尊寺ハスとは・・・金色堂に安置されている、奥州藤原氏4代泰衡の首桶から見つかった平安時代の蓮の種を発芽、開花させたものなのだそうだ。 見つかった100粒余りの種子のうち5粒程を、あの"大賀ハス"(古代蓮)で有名な大賀一郎博士(※奥州藤原氏と金色堂の学術調査に立ち合った一人でもある)が持ち帰り、お弟子の方が開花に成功させたそうです。 現代のものより花弁が細め・小ぶりの、淡紅色のお花を咲かせるのだとか。 でも何故、蓮の種がそんなにたくさん首桶に入っていたの??? それが先ず不思議。(・・?) 4代泰衡は、蓮の花がお好きだったのかなぁ・・・。 ともあれ、見てみたいな。平安の香りがするのかな〜♪ 何だか見た感じ、私には撮影難しそうな池でしたけれど・・・。 望遠レンズがあったら安心かな・・・?興味がありましたら来年の満開シーズンに是非訪れてみてくださいね。* ![]() 坂を暫くあがって行き静かな林を抜け・・・入り口に着くと、見惚れる程の彩りが待っていてくれました。 (到着時の紅葉PHOTOは過去記事でどうぞ。♪) ![]() 金色堂入り口前の"菊の三重塔"。 金色堂(と讃衡蔵)の見学に限り、拝観料が必要。拝観券(800円)は、"讃衡蔵"に隣接する窓口で購入、金色堂入り口に居る係の人に渡します。 ![]() 〜金色堂(新覆堂)〜 ※覆堂の中に金色堂が収蔵されており、内部撮影は禁止となっています。 内部では解説の"録音テープ"が数分間流れ、金色堂を見学しながら説明を聴けるようになっている。 そしてスーツ姿の関係者のお方が私の横にじっと立っていました。ちょっと緊張感のある空間。 写真の"覆堂"は昭和38年に建築された新しいもので、旧覆堂(室町時代中期までに増改築された木造のもの)は境内の別場所に移築されています。 もしや世界遺産に決まらなかった理由のうちのひとつ・・・?残念でしたよね。(;_;|木| ![]() *金色堂MEMO* 平安時代後期、天治元年(1124)に奥州藤原氏初代藤原清衡が建立。 漆塗りの上から金箔を施した阿弥陀堂建築で、平安時代の建築技術、美術、工芸の粋を集めたものとして国宝に指定されている仏堂。 現在ガラス張りになっていて外気と遮断されている金色堂内には3つの須弥壇があり、初代藤原清衡、基衡、秀衡のミイラ化した遺体、そして泰衡の首級が納められています。 1950年に実施された学術調査の結果から、須弥壇の中央壇にあるのは初代清衡、右壇は基衡、そして左壇は秀衡の棺だというのが現在の定説だそうです。 "寺伝"では、左右の遺体の主が逆で記されていたのだとか・・・。何れも、中央壇だけは初代の清衡の棺で間違いないようですが。 時の流れをまるで感じさせない輝きを放つ、絢爛な金色堂にも驚くけれど・・・ こんなことまで判る"学術調査"にもも〜っとびっく〜り!!w(°O°)w (※"左右"は本尊から見たときの左右で、拝観者から見ると向かって左が右壇=基衡、向かって右が左壇=秀衡の棺。) だけど・・・"左壇が秀衡、右壇が基衡の棺"とゆう部分においては・・・ お勉強しているうちに頭がこんがらがってしまいました。(゜U。)? 各遺体から判明した死亡推定年齢などから見ると、若干合わない部分もあり、そうすると寺伝の記述(右壇=秀衡、左壇=基衡)が正しいということになってくると云うのだ。 定説だといいつつ、謎が拭い切れてないような感じの記述もあるのです・・・。 どっちやねん。(´`) オツムが疲れたよぉ・・・。 ちなみに・・・この学術調査以前にも、元禄12年(1699)の金色堂修理時などにも棺が移動されたことがあるのだそう。 さらに元禄17年(1704)には江戸で開帳も行われ、江戸時代には阿弥陀如来像1躯も盗難にあっているそうだ。 よって金色堂の30余りの諸仏像の配置は平安時代のままではなく、左右が逆に移動されているものも調査で判明したのだとか。 後世で余所から追加された仏像もあるのだそうです・・・。 けど平泉にあるものを、江戸で開帳とは凄いことですよね。トラックも無い時代に、全〜部運ぶの・・・?想像つきません・・・。 ともあれ、色々とこんがらがっていても全く不思議じゃないよね・・・ とゆうのだけはよく判ったかなと。 ややこしくって頭の回線がパンクしました。(◎-◎) ![]() 〜中尊寺経蔵〜 (重要文化財) 保安3年(1122) 創建時の古材を用いて再建されたもの。重文、国宝の経典類は現在"讃衡蔵"に安置されている。 ![]() ![]() 讃衡蔵 ![]() ![]() ![]() ![]() 金色堂と経蔵の中間にベンチがあり、ちょいと疲れたので座りながら何枚か撮りました。(笑) で写ってないけど金色堂の正面でおみくじを引いたら、大吉だった。るん♪ ・・・て今年の彩、ヒドかったのだけど。(笑) 書かれていたことちょっと、当たっていたかもねぇ・・・。 まぁ今はもう気楽にやってるし。痛くも痒くもないのだけど。 お守り小判は、"招き猫"が入っていた。大事にお財布にしまっています♪ |
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![]() ![]() ![]() ![]() 辨慶堂は文政九年再建。月見坂の近くにひっそりとあります。内部には辨慶と義経の木像が安置されています。 幾つもの寺院等が点在しておりとても広い境内でした。写真撮りながらだと、散策に余計時間かかるのでお散歩ダイエットになった。(笑) でも設定変えるの面倒でちょっと失敗しちゃったかも・・・。 まいっか♪ 紅葉が映えるかなと思い、(&変えるの面倒で・・・笑)ずっと晴天日陰モードを使っていたので、他の時間帯も夕暮れっぽい風合いの写真が多いです。 ![]() ![]() ![]() ![]() 日の入りがすっかり早くなり、足早に秋が過ぎていく。少し切ない・・・。 がそろそろ冬桜が見頃の季節がやって参りました〜♪ 紅葉と桜のコラボは、全国でも見れる場所が少ないので、わりと近場にあって有難い。見頃が長いのでいつ行こうか迷い中・・・。 埼玉県と群馬県で見れる場所があるのだけど、県境でふたつは大体同じ地域なのです♪どちらでもいいのだが・・・ 群馬県側は12月1日の冬桜まつりの日に行くと、12時から無料で郷土料理の「なんとか汁」が振る舞われるそうなのです。先着1000名。♪(o^-^o) 食べた〜い!けど混みそう・・・。ゆっくり撮影するならやっぱそうゆう日は外すべき? ・・・。 うーん。もう少し、早めに行こうかなぁ・・・ でも食べた〜い!♪ |
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![]() ![]() 不動堂 ![]() 昼過ぎから散策しながら撮影していたけれど、あっという間に時間が過ぎていて。気付けば夕陽がこちらを見ていた。 ![]() ![]() ![]() ![]() ☆次回は辨慶堂。 |
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